日本基督教団 南町田教会

教団と南町田教会

教団と南町田教会

日本基督教教団における「教会」の概念は、「伝道所」(信徒20人以下)―「第二種教会」(信徒50人以下)―「第一種教会」(信徒50人以上)と展開する。

「伝道所」―「第二種教会」―「第一種教会」の流れは、教会の変化であるといえよう。

「伝道所」は「家庭集会」から始まり、基本的な「主の体なる教会」として形成されるのは、「信仰」と「希望」と「愛」、そして「神との交わり」と「信徒の交わり」が教会において展開しているからである。

それは、第1段階である「伝道所のつどい」が、「信仰」という共同体の家庭集会において、愛により導き出され、希望により導き入れられ、第二段階の「第二種教会」の成長となり、約束の地において乳と蜜が流れる第三段階の「派遣」である「第一種教会」へと発展したことである。

「導き出し」をエクソドスというのなら、「導き入れ」は、アイソドス。そのエクソドスはアイソドスと相俟ってその目的をはたす。

南町田教会は、教職三人制(教務教師一人)で役員10人体制で教会形成を行われている。

「過去」の「伝道所」「現在」の「第二種教会」は「未来」の「第一種教会」になるまで「導き出し」と「導き入れ」がうまく展開があったからである。

「導き出し」「導き入れ」はその時間において繰り返されていく。

「未来」の「導き出す」「導き入れ」は、「個」という南町田教会と「全体」という教団の理解と展望に関わる。

南町田教会という「個」の教会は、「全体」という「日本基督教教団」の教会でもある。

南町田教会の内側の諸集会である「教会学校」および「青年会」は「基礎」、婦人会は「行動」、壮年会は「頭脳」、みぎわホームは「伝道・福祉」役員会「運営」、家庭集会は「交わりと伝道」として、それぞれの務めを果たしている。

また、「教会の外側」である「西東京教区」や「教団」において「派遣」という使命を果たす。

そのために教職3人制が「教会の内側」と「教会の外側」において役員と共に一つの和音を出せば、「個」教会の「導き出し」と「全体」教会の「導き入れ」をして未来の希望となる第四段階の「完成の教会」になるだろう。

引き続き、長期計画として「樹木の年輪をイメージした信仰育成のための働きかけ」を南町田教会の働きとしてより具体的に進めていく。

教会は、教会員がイエス・キリストの教えに従い、霊的に成長するよう激励することによって、献身者として年輪の中心へと前進できるよう助けるところとなるべきである。

特に各グループの組織の働きを明確化することにより、イエス・キリストを中心とした秩序を持ち、バランスのとれた年輪の形を描く教会が形成できるように働きを呼びかける。

A 核心グループ: 教会の組織形成(役員会)・教会総会

B 献身グループ: 奉仕の働きをするグループ(CS教師,奏楽者,みぎわホーム奉仕者、礼拝奉仕、生け花・週報作成・説教看板作成・聖餐式の準備) 

C 教会員グループ: 教会会員グループ(礼拝出席・祈祷・月定献金・会堂献金・礼拝献金・特別献金)

D 支援グループ: 規則的に出席する信徒グループ(他教会員・客員・青年会・CS子供)

E 対象グループ: 将来的に信徒になるグループ(求道者)韓国語礼拝・みぎわホーム・主日礼拝

 高齢者の魂のケア

南町田教会は、その前身の伝道所の時代に老人ホームである「みぎわホーム」を「伝道の業として」開設した歴史をもつことから、教会としての賜物の一つは「高齢者の魂のケア」Care for Eldersであると考えられる。

みぎわホームは、開拓伝道として南町田伝道所を開設された花岡牧師とその教会員であり信仰の友である渋谷兄、清水姉(1989年より伝道師となる)によって、伝道所開設初期に祈りをもって始められた。

その始まりはその3人及び教会員有志であったが、それが教会全体の祈りへと発展し、1981年の伝道所定期総会で、「社会福祉法人南町田ちいろば会の設立と特別養護老人ホームみぎわホームの建設は当伝道所の業である」と決議された。

そして、19811027日 社会福祉法人『社会福祉法人南町田ちいろば会』設立、1982421日 特別養護老人ホーム みぎわホームが開園した。

みぎわホームは、その開設から1996年の間は、花岡牧師(理事・牧師)、渋谷兄(理事・施設長)、清水伝道師(理事長)の体制で「伝道の業としての高齢者の魂のケア」を展開していった。

開設当日より、毎朝欠かさず職員と入所者 (Residental Care Services) のための礼拝が捧げられ、週に数回の祈祷会が行なわれていた。

しかし、19963月、花岡牧師は高齢(89歳)を理由に牧師を隠退して遠方の地へ去られ、渋谷兄がご病気により退職され、そして19969月、清水伝道師が82歳で召天された。

この1996年を境に、みぎわホームの運営は「伝道的な魂のケアの場」から「一般的な高齢者のケア施設」へと少しずつ変化し、

国家を経済基盤とする特別養護老人ホームとしての発展を遂げていった。

2006年に入りみぎわホームと南町田教会における大きな展開があった。

それは、みぎわホーム理事会・評議員会から南町田教会がみぎわホームの創立教会であったことの理解を得られたということである。

 みぎわホームは2016年、新棟みぎわホームとしてユニット型特別養護老人ホーム88人の個室になっている。

介護保険法の厚生労働省令には解釈通知というものがある。

ここでは、“基準第33条(基本方針)は、ユニット型特別養護老人ホームがユニットケアを行うものであることを規定したものである”と書かれている。

つまり、「ユニット型施設であること」と「ユニットケアをすること」が制度上区別されている。

以前、従来型施設の基本方針では、“特別養護老人ホームは、入居者に対し、健全な…”と書かれている。

入浴、排泄、食事等の介護等、社会生活上の…療養上の世話を行う”ことにより、

“入居者がその有する…自立的な日常生活を営むことができるようにする。

ユニット型特別養護老人ホームは、入居者一人一人の…”とある。入居前の自宅での生活と入居後の生活が連続するように

“自律的な日常生活を営むことを支援することを大切に基本方針が考えられている。

「個別ケア」を実現する一つの手法が「ユニットケア」(Unit care) である。

ユニットケアの最大の特徴は、入居者個人のプライバシーが守られることであろう。

「個室」と他の入居者や介護スタッフと交流するための「居間」(共同生活室)がある。

ユニット型特別養護老人ホームは認知症の方の見当識障害や重度化された方に落ち着いた環境を提供できる特徴がある。

自分のペースで寝たり起きたり・食べたりできる事は、認知症や重度になっても最期まで自分のペースで暮らし続けられることを意味する。

ユニットケアは重度化・認知症の入居者のサポートになくてはならないケア方法である。

現在、南町田教会では、ユニットケアを「魂のケアの場」として捉え、

与えられた週4回の礼拝の説教(みぎわホーム理事黄牧師・西田牧師・長内先生や月一回の「音楽と癒しの時」に臨み、また、年に数回、CSの子ども達と共に訪問等を行なっている。

 

オルガン(旧会堂)オルガン購入:オルガンの奏楽・音色は礼拝を左右するほど重要である。これまで使用していた古いリードオルガンは、奏楽するのに体力がかなり必要で演奏が難しく、また、音色に問題があったため、「オルガン特別献金」を設立し、教会用電子オルガンを購入した。(2005年11月)
オルガンの音色が礼拝における平安と恵みに直結するものであることを実感している。一階礼拝堂(旧;パイプ椅子)
礼拝堂長椅子購入:1階礼拝堂の椅子は黒いパイプ椅子であり、礼拝堂というよりも「集会室」の雰囲気があった。また、足や腰の悪い教会員の中から、パイプ椅子で座りにくい、聖書を置く台が欲しいなどの声を聞くようになった。そこで、その両方を教会らしく展開するために、3人掛け長椅子を導入した。(2006年3月 献品) (旧;長椅子)

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